また心から笑える日が来るまで-難治頻回部分発作重積型急性脳炎 闘病ブログ-

難治頻回部分発作重積型急性脳炎に発症した娘(当時1歳半)と僕たち家族の闘病ブログです。

娘の病状について

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昨日抗生剤を投与するための点滴が終了しました。

鼻の管も外れて、点滴も抜け、ようやく少し容態が落ち着いてきたように思います。

 

今日は娘の病状について書いていこうと思います。

 

 

 

娘の病状について

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救命救急センターから小児病棟に移って少したったころ、担当医の先生からこれまでの経過と今後の治療方針について話がありました。

 

話を聞いてから数日は現実を受け止めきれなかったので書きませんでしたが、

少し気持ちの整理がついてきたので書きたいと思います。

 

 

診断とこれまでの経過

 

まず診断としては前とあまり変わりなく、難治頻回部分発作重積型急性脳炎という病名でした。

通常、体の中にウィルスが入ってきた場合は、免疫機能がウィルスを攻撃して守ってくれますが、娘の場合、何らかの原因で免疫機能が体の中の良い細胞まで攻撃してしまい、発生したと思われるそうです。

 

難治頻回部分発作重積型急性脳炎は最近発見された病気で、患者数も少なく、今のところはっきりとした原因がわかってません。

 

難治頻回部分発作重積型急性脳炎の特徴としては、急性期はMRI上でも脳波にも異常が見られないことが多く、1〜2週間後に定期的に痙攣が発生します。

 

運動機能や知的機能に後遺症が残る確率が高い病気です。

 

MRIの結果も見せてもらいましたが、発生直後に比べ、脳萎縮が見られるため広範囲で後遺症が出ている可能性が高いとのことでした。

 

脳にどのくらいのダメージがあるかという点については、娘の年齢が低いこともあり、判断が難しく、今後の経過をみていかないと何とも言えないとのことでした。

 

先生からの説明では、

「一生口から食事ができない可能性がある」

「一生寝たきりの可能性がある」

「手足がうまく使えない可能性がある」

「会話できない可能性がある」

「目が見えない可能性がある」

ということでした。

 

まだ生まれてから1年半しか経っておらず、

やっと歩けるようになった、やっと1〜2語話せるようになったばかりでした。

やっと「パパ」って言ってくれるようになってきたばかりでした。

 

なんでこんなことになるのか、、、

また笑顔で走り回る姿を見ることができるのか、、、

今までの生活にどの程度戻れるのか、、、、

 

その日は状況が飲み込めず、無意識的に涙が溢れてきました。

なんで?どうして?何がいけなかった?

そんなことばかり考えてました。

 

 

娘は今まで風邪くらいした引いたことのなかったので、なんでこうなったのか今でも疑問です。

 

 

先生から説明を受けた日から現在まで、食事の練習と手足のリハビリをしてきました。

 

食事はちゃんと飲み込むことができたので、食事はとりあえずできそうです。

 

手足は前より動くようになりましたが、自分でうまくコントロールできていません。

 

手足がマヒしているのか・使い方を忘れているだけなのかはこの年齢だとまだ判断が難しく、もう少し見ていく必要があるとのことです。

 

視力もどこまであるのかわかりません。

光るおもちゃを目で追っているので、光には反応しているように思いますが、

心なしか右側を向いていることが多く、左側は見えていない可能性もありそうですが、まだわかりません。

 

ママやパパをちゃんと認識できているのかもまだわかりません。

 

わからないことばかりで不安が多いですが、考えすぎると暗い気持ちになるので、

今はなるべくポジティブに考えようと思います。

 

 

とりあえず、娘ができるだけ回復してくれることを信じてリハビリを一緒に頑張って行こうと思います。